2016年03月05日

渡邊卯三郎のお墓

大聖寺藩の下級武士でもあった渡邊卯三郎は緒方洪庵の適塾に入塾し、3年間塾頭も務めた。その後、帰郷し大聖寺藩の藩医、藩主の侍医にもなった。明治になり、廃藩の後も金沢医学館で学び、明治13年金沢病院大聖寺分院の設立に貢献した。これが現在の加賀市民病院の前身である。しかし、明治10年頃から肺結核におかされ、開院の1年後明治14年6月21日50歳で死亡した。現在は大聖寺の墓地で静かに眠っているが、お墓は荒れています。皆さんの協力で整備できないものでしょうか。
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posted by 大志 at 10:48| Comment(0) | 地域 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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